「・・・・・・もしもし」

某グループの重低音着メロに設定した携帯が鳴り半ば無意識では携帯を取る。

仕事用の着メロは『重い仕事依頼が多いのでせめて電話ぐらいは軽やかに』とアニソンに設定してあるのでついダラダラと取ってしまった。

「なんや、まだ寝てんのか?早よぉ起きろや、ホラ」

一度受話器を外して表示されている名前を見ては通話を終えた。

すると折り返し何十秒後で再び携帯が鳴る。


「何切っとんねん!」

「・・・・・・波戸こそ、いつ米国から戻ったのよ」

「今や今。、今から駅まで出て来れるか?」

ここで初めては身体を起こして机に置いてある目覚ましを手に取った。

「十時じゃん、何でこんな朝から・・・・・」

「もう十時や」

「私は波戸と違って丸二日寝ずに仕事してやっと明け方寝たのよ」

会社が会社なだけにいついかなる時仕事が入るかわからない達に取って睡眠はとても大切なものだ。

「俺かて今度いつ仕事あるかわからんし。最近お互い忙しくて四ヶ月程会うてへんやん」

時間と愛情は比例しない。

「なんやったらウチまで迎えに行ったんで?」

「やめて」

「なんや相変わらず部屋散らかってるんか?そんなん今更やろ。でもまぁほな十分後に駅で」

の弁解を了承も得る前に波戸は通話を切る。

「十分って・・・・」

今からシャワーを浴びて身支度を整えて普通なら駅まで自転車で十五分かかる所を今から十分後には駅にいろ、と。

「これだから仕事バカの男は嫌なんだよ」




さーん」

時間通り駅に着く頃、は後ろから呼ばれて振り返った。

「え、斑鳩!?なんで?」

「お久しぶりです」

「あぁ、久しぶり。今から仕事?」

制服のまま小走りにそばに来た斑鳩が不思議そうな顔をする。

「波戸さんから聞いてないんですか?」

「波戸から?ここに来い、しか聞いてないけど?え、仕事なの?」

「アレ、おかしいな。あ、仕事じゃないですよ」

今度はの方が不思議顔になってしまった。

「よぉ二人とも、こっちこっち」

少し離れた位置で波戸が手招きをしていた。

「もう結構並んどるわ、はよ行かな食いっぱぐれるで」

「・・・・食いっぱぐれ、る?」

合流し、先頭を歩く波戸には付いて行く。

「そやそや、なんせ一年振りやしな」

「それにしても、ここにもあったんですね、俺知りませんでしたよ」

「当たり前やろ、全国チェーンなめたらあかんて」

「・・・・・あのさ、今からどこに行く気?」

弾む男2人の会話についていけず、は思わず口を挟んだ。

「アレ、言うてへんかったか?ここやここ」

と、波戸が立ち止まったのは列の最後尾。



「吉●家で今日一日限定で牛丼が復活すんねん」



見慣れたオレンジ色の看板の下にズラリと列が出来ている。

「十一時から売り切れまでやさかい、仰山並んどるなぁ」

「ですね」

二十四時間営業にも関わらず牛丼用の列に並んだ人混みをみて二人は感心していた。

「帰る」

踵を返すの腕を慌てて波戸が掴む。

「ちょお待てって。俺かてホンマやったら二人がよかったけど悟にこの前飯奢るって約束してもーてん」

「だったら斑鳩と二人で食べればいいじゃない」

「それはあかん」

「なんで」

「俺がここの牛丼めっちゃ好きなん知ってるやろ?」

「こっちに来る度食べてるわね」

「それが休止になった時のショックわかるか?」

「私には計り知れません」

「そやろそやろ。それが一日限定とは言え復活すんねんで?」

「それのどこがどう私に関係あるのよ」

「俺が一番好きな牛丼を俺が一番好きなと一緒に食いたいんや」

「・・・・・・波戸、声が大きい」

「それぐらい俺はこの夢のようなシチュエーションにテンション上がってんねん」

真面目に答える波戸の前後の人間が注目し、行き交う人々も三人を見ている。

「わかったから少し大人しくしてよ」

さすがに気恥ずかしさを感じたは仕方なく列に居残る事にした。

「なんか、完全に俺の存在が忘れられている」

目の前で繰り広げられた光景に斑鳩はポツンと呟いた。



「でもさ、いつものパターンならここで百舌鳥さんから電話があるんだよね」

「お、お前、そんな不吉な事言うなや」

「あー、俺もなんか凄いそんな感じがしてきた」


販売開始まであと三十分。



庶民派万歳











「あの、さん」

授業が終わり帰り支度をしていたに斑鳩は遠慮がちに近寄る。

「今日はバイトじゃないの?」

「あ、うん、これから行くよ」

「いつも大変だね。私も見習わないと」

が緊張感の無い笑みを見せると斑鳩も釣られてニヘラ、と笑う。

「ってそうじゃなくて!波戸さんから連絡無かったですか?」

「さぁ、どうだろう」

はとても真面目な生徒でそれこそ見本になるような。

成績も優秀で運動も上手い。

そんなは学校に携帯こそ持って来るものの授業が始まれば電源を切っている。

それは終わるまで。

は一度閉めた鞄をもう一度開き携帯を取り出し電源を入れる。

少し間を置いてメールが受信された。

「本当だ。メール来てたわ」

受信時間を見れば昼過ぎになっている。

【今学校の近くやけど、いつ終わるん?】

「でももう帰ってるかもね」

液晶画面を斑鳩に見せは今日一番楽しそうに笑った。

「じゃあまた明日ね、斑鳩くん」



(いや、実はまだいるんだけど・・・・)

斑鳩の携帯には【アイツにまだおるって伝言してくれ】と入って来たが、それを言う前には教室を出てしまったのだ。



と波戸は俗に言う恋人同士に当たる。

と言ってもは完全に一般市民で斑鳩と同じ高校に通っている。

そんな折、波戸はと出会った。


特別会話をした事が無い。

ただ門の前で斑鳩を待っている波戸の前をが通った。


それだけ。

けれどそこから始まった。




「・・・・待ちくたびれましたけど」

腕を組んで波戸は壁にもたれている。

「あ、お帰りなさい」

驚く素振りも見せずは足を止める。

そんなに波戸は不満な思いを顔に出す。

「今日帰るって、大分前から言っとたよな」

「うん」

「ふーん」

波戸はあからさまにから顔を背ける。

「なによ、たった数時間も待てないの?」

は嬉しそうに波戸の頬をその指で突いた。



私はどれだけ待ってると思ってるのよ。



少しはこっちの身になれ



11-02.2007