「レフトフライ連続五十本キャッチ出来なきゃ退部か罰ゲーム」


部活開始前、阿部は唐突に水谷に向かって指差しながら宣言した。

「えっ!?」

「花井、ちょっと手伝ってくれ」

ストレッチをしていた花井を呼び、混乱する水谷をグラウンドへと急かす。



「あーあ。阿部のヤツこの間のフライ落としたのまだ根に持ってたのか」

「水谷ー、ガンバっ!」

「しかも打者に花井を持ってくる辺りマジだぜ」



少し離れた位置でチームメイトがガヤをしている間にも阿部はさっさと事を始めた。

花井をボックスに立たせ、花井が一番打ちやすい位置でボールを投げる。

脳天がカチ割れるような豪快な音と共に白球がレフト水谷の位置へと綺麗に飛ぶ。

水谷は難なくキャッチし、ボックスに向って軽く投げた。

周りからは「ナイスキャッチ」と声が飛ぶ。




「おい」

「ん?」

「綺麗に上げ過ぎだ。もっと取り難いの打てよ」

「・・・・・お前、取らす気無いんだろ」




結局、阿部の策略と花井の打撃センスで水谷は六本目にしてフライを落とした。




「クソレフト」

「・・・・・・はい」

「退部と罰ゲームどっ」

「罰ゲームよろしくお願いします」

頭を下げて言う水谷の頭に阿部は軽く手を乗せた。

に告白」

「・・・・・・・・え!?」



に告白」



「な、無理!絶っ対無理!」

阿部は水谷の肩に腕を回しニヤリと笑う。

「お前が罰ゲームがいいって言ったんだろ?」

そんな阿部の顔を見て水谷はその体勢のまま一歩引く。


「ち、ち、畜生っ!」

「おー、速い速い」

「もっとやり片があるだろう・・・・」

水谷の後ろ姿をやる気の無い拍手で見送った阿部は地面に置いたままのグローブを拾った。

も事ある毎に水谷水谷ってうるさいんだよ。おい三橋、練習するぞ」




水谷はのいる教室へと走った。


まだ下校を開始してから間もない為教室には結構な数の生徒が残っており、またも自分の席に座っていたので水谷は一目散にの元へと行き、両手を勢いよく机についた。





、好きだ」



阿部の馬鹿!でもありがとう










「阿部くんってちょっと怖いけどたまに優しいかったりするギャップがいいよね」


タイミングがいいのか悪いのか。

いや、悪かったな。

グラウンドに向かうオレとすれ違いにが友達と帰宅途中。

偶然、と言えば許されるんだろうか。


声が聞こえた瞬間。


その姿を捉えた瞬間。


オレはの言う事落とす言葉ちょっとした仕草を全部零さず拾おうと努力する。

その言葉にが「そうだね」とコクン、と頷いた。

ショックだった。

よりにもよってこんなすれ違いで聞きたくなかった。


けど、その瞬間オレは阿部を見習おう、と誓った。




「・・・・・最近、水谷のヤツやたらと阿部の事見てないか?」

「ウザい」

「この前なんて三橋と組んでキャッチャーの練習してたぜ」

「マジでウザい」

これ以上花井の言葉など聞きたくもない、と言わんばかりに阿部は防具を付け出した。

そんな不機嫌極まりない阿部を尻目に水谷は視線を外さない。



「水谷、お前最近なんで阿部ばっかり見てるんだよ」

「え、花井!?なんだよ、いきなり声かけるなよ」

先程まで阿部の横で会話していた花井が近づいたのも気付かないぐらい水谷は阿部を凝視していた。

「阿部のヤツ、本気でウザがってるぞ」

「うーん。でもオレ阿部みたいになりたいんだよな。だから研究中」

そう水谷が答えると花井が一歩身体を引く。

その行動に一瞬水谷は呆然としたが、直後背中に衝撃が走ったので思考は半回転した。


「いってぇ!」


背中を反らして身体を捻れば鬼の形相で睨む阿部とその横で何度も頭を下げる三橋が居た。


「馬鹿な事言ってないでさっさと練習しろ!」



阿部が三橋に「水谷の背中にボールを投げろ」と言ったんだ。


絶対そうだ。


水谷は器用に背中を擦ってそう確信していた。





「結論。阿部の優しさは平等ではない」

『阿部観察ノート』の最後の一文はこれで締め括った。

一ヶ月。

一ヶ月阿部を出来る限り観察したけどちっとも優しくなかった。

少なくともオレには。


ギャップなんて無いじゃん。



「・・・・って、趣味悪ぃ」





「でもあたし、ギャップよりもいつでも優しくしてくれる水谷くんの方が好きだけどね」


その後の水谷の知らない一言。



好きなんだけど
伝えられない
伝わらない











政経の山田は、一度背を向け黒板を書き出すと止まらない。

それはそれはおびただしい膨大な(しかも汚い)量の字を書く。

は欠伸をして頬杖をつき山田の背中を眺めた。

するとポケットの携帯がタイミングよく震えたので机と自分の間の隙間でメールを開いた。



[Subject]

Re:Re:水谷→花井→阿部→→水谷で!


[Body Text]

暇タイム突入!

しりとりします。

『す』


→ストレート







携帯を開いたまま阿部を見た。

一見物凄く真面目に文字をノートに写している。

花井も同じだった。

水谷だけがに向かって手を振っていた。




[Subject]

阿部も花井も真面目に学生なんてしてんじゃねー!


[Body Text]

立命館大学に行きたい



少しして水谷が携帯を開き、花井に伝染し、阿部に至っては神業とも言える早打ちでまたノートを写しだした。



[Subject]

Re:Re:Re:阿部も花井も真面目に学生なんてしてんじゃねー!


[Body Text]

立命館大学に行きたい


いいねぇー。オレも目指そ

『そ』


→そんなに世の中甘くない


今すぐ考え直せ




[Subject]

花井夢がない。阿部酷い。


[Body Text]

専業主婦でもいいかな




[Subject]

Re:Re:Re:花井夢がない。阿部酷い。


[Body Text]

専業主婦でもいいかな


なんて大胆発言をするんでしょ、この子は!

『は』


→恥をかくぞ、あの料理の腕だと


トラウマだ。あの味




[Subject]

いいもん。料理上手と結婚するから!


[Body Text]

ジャイアント馬場はデカい




[Subject]

Re:Re:Re:いいもん。料理上手と結婚するから!


[Body Text]

ジャイアント馬場はデカい


インリンはエロい

『い』


→イソフラボンは凄い


イリオモテヤマネコは少ない




[Subject]

い ばっかじゃんか


[Body Text]

いい女になりたい




[Subject]

Re:Re:Re:い ばっかじゃんか



[Body Text]

いい女になりたい


いい女は凄く遠い

『い』


→いける、とは言えない


一生無理。努力するだけ無駄




[Subject]

お前らなんか


[Body Text]

大っ嫌いだ!




[Subject]

Re:Re:Re:お前らなんか



[Body Text]

大っ嫌いだ!


だってさ

『さ』


→最低だな、水谷


人間として優しさが欠落してるな、水谷




[Subject]

花井も阿部もよく言った


[Body Text]

肉ばっかり食べるからそんな酷い事言う子になるんだよ




[Subject]

Re:Re:Re:花井も阿部もよく言った


[Body Text]

肉ばっかり食べるからそんな酷い事言う子になるんだよ


夜中に間食するから太るんだよ、

『は』


→はぁ?一体一日どれだけ食べる気なんだ?


だだ滑りでデブまっしぐら




[Subject]

標準体型だもん!


[Body Text]

ラジオ




[Subject]

Re:Re:Re:標準体型だもん!


[Body Text]

ラジオ


お。話題逸らし

『し』


→しかもラジオって


程度の低さがモロばれ




[Subject]

お前らあたしの事がそんなに嫌いなのか!


[Body Text]

練習なんてサボって帰る、今日




[Subject]

Re:Re:Re:お前らあたしの事がそんなに嫌いなのか!


[Body Text]

練習なんてサボって帰る、今日


ウソウソ。凄い好き。大好き。

『き』


→嫌いじゃないけど恋愛対象でもない


以上。終わり。



Boys&Girl










「阿部って、名前なんて言ったっけ?」

部室にて放課後の練習メニュー考案がてらの昼食中。

花井・阿部・栄口は別件で職員室に居る為今は居ない。

そして三橋・田島は第二の昼飯調達の為この場に居ない。


酷いな。同じクラスなのに」

「でもあたし水谷の名前も花井の名前も覚えてないけどね。で、阿部の名前って?」

「えっとね、隆也くんだよ」

「お、流石マネジは違うね」

「つーか、なんで阿部の名前が気になるんだよ」

水谷は箸でを指した。

泉が横から「水谷、行儀悪い」とたしなめたので箸はすぐに下げられる。

「朝ね、田島と話してて」



知ってっか?キャッチャーってすげぇМ字開脚なんだぜ」

「あー。ちゃんと受け止めなきゃだもんね」

「そうそう。インリン並インリン並!」

「じゃあ、タジマ・オブ・ジョイトイだ!」

「お!かっこいいじゃん!あ、なら阿部もだ」

「アベ・オブ・ジョイトイ?やべ、超ウケる!」



「って、話になってんだけど、なんか『アベ・オブ・ジョイトイ』ってゴロが悪くない?」

「悪いつーか、話題のありえなさに気付けよ!」

「なによ。この前水谷だって「インリンはエロい」って言ってたクセに。そっかそっか、『タカヤ・オブ・ジョイトイ』ならしっくり来るな。田島にメルしとこう」

「インリンと阿部を一緒にするな!」

はパンにかぶりつきながら片手でカタカタと携帯を操作し、送信し終えるとパタン、と閉じた。

「タジマ・オブ・ジョイトイならいいの?」

「それもよくない!大体インリンってのはエロテロリストなんだよ。タカヤ・オブ・ジョイトイなんてあんな鬼キャッチャーと一緒にしたらインリンに失礼だ!」

拳を握り立ち上がる水谷のシャツの裾を泉は控えめに引っ張った。

「それぐらいにしておけよ」

「なんでだよ、泉だってそう思・・・・・」

振り返った水谷が止まる。


「あ、あああ、阿部阿部、アベさん」


「誰がオブ・ジョイトイだって」




「オレじゃないオレじゃない!が言い出したんだって!」

「ギャ!なんて事を言うんだ水谷め!」

「事実だろ!」

「違うもん、田島だもん!田島がキャッチャーはМ字開脚とか言うからだ!」

目の前で繰り広げられる水谷との言い合いを阿部は鬼の形相で睨んでいた。

泉達はその様子に一歩部屋の奥へとずり動く。


「大体水谷はあたしに対して優しくない!こういう時は「オレが最初に言い出したんだ。阿部ゴメン」とか男らしく言えよ!」


「ヤだよ!それにだって、いっつもオレの扱い酷いじゃねーかよ!蔑ろにし過ぎだろ!」


阿部の話題から完全に反れた二人の頭を阿部は力任せに握った。


「い い 加 減 に し ろ」


「い、痛い!阿部痛い!痛ぃ!もう言わない絶対言わないから離して!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「ったく」

「・・・死ぬかと思った」

「オレも・・・・・」

「阿部でこんだけ痛いんだからモモカンのなんてもっと痛いんだ・・・・!こ、恐い!」

は真っ青になりながら身震いする。

「・・・・・お前ら、食い終わったら練習メニュー発表するからさっさと食えよ」

「はーい」

「ハーイ」

花井の言葉に二人は顔を見合わせて返事をした。




「たっだいまー」


と、戻った田島が開口一番



「あ、タカヤ・オブ・ジョイトイ発見!」



と、キラキラしながら口を開いてしまったので水谷とはそれ以上の口の開きで


「「ギャー!田島のバカー!」」


と、叫んだ。



続・Boys&Girl



03-03.2007